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物、グッズ、アイテムに頼るほど失うものがある

【物、グッズ、アイテムに頼るほど失うものがある】


色んなものが溢れています。

服も靴も寝具も、機能的で身体の負担を減らし、守る製品が沢山あります。


寝ていて身体が痛くならないように、圧力を分散するシーツがあったり


歩行や走る時に地面の反力を得やすいように、また足を守るために、厚いクッションが入っている靴だったり


着けているだけで、エネルギーが照射されて血流が良くなるという肌着だったり


様々なモノがあります。


確かに、機能的だし効果的だし、便利なのですが…


こういうモノに頼れば頼るほど、


人は自分の身体を感じなくなっていきます。

身体を感じる機会そのものが、どんどん無くなっていきます。




苦しい状況を、自身の身体の工夫で楽に変えることなど、考えもしなくなります。


身体感覚が失われると、人は頭でしか判断できなくなります。

その結果が止まらない思考と浅くなった息。


酷い肩こりや首こり、その他の現代病や心身の悩みの多くは、まさにこの負のサイクルから生まれたものと言えるかと思います。


その点、昔の履物や着物、その他の道具は身体にとって佳く出来ていたようです。


必要な身体感覚を導き出すための道具、という側面があったのです。


逆に言えば、身体感覚を持って扱わないとうまく使えないのが、昔の履物や着物などだったのです。


一見すると、とても不便なのです。

下駄も動き方は制限され、着物なども洋服のように自由には動けません。


じつは、そこがポイント。


動きが制限させるという中には、その制限の中に佇む事で得られる恩恵があったのです。


つまり、人が道具に合わせて身体感覚を変化させるのです。

そうやって、知らず知らずのうちに身体感覚が練られていったのです。

だからこちらが上達すればするほど、道具の力も引き出せたのです。


人と道具には、そういう関係があったのです。



人の生きるチカラというのは、どんなに時代が変わっても、人の内側にしか無いと思います。


便利さに頼る時は頼る。

でも、自身の身体感覚を使って試行錯誤する時はする。


そういう自制というか、不便を恐れず楽しむような気持ちも持っていると、

便利な物に心身を預けるが如く、頼りきりにならずに済みますよね。


そんな時代だからこそ、身体感覚を磨くことは、活き活き生きる上でも、心身の健康のためにも、とても意味ある事だと思います。


でも、便利さに慣れきった我々が身体感覚を磨くには、闇雲にやってもうまく行きません。


先人が残した型。

これを使って稽古することが、身体感覚を目覚めさせる近道になります。



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